土地の呪い その7

不思議

次の家も中古を買うつもりでいたが、なかなかこれぞという物件が見つからない。私は将来足腰が弱くなった時のことを考え、平屋に住むと決めていた。しかし中古の平屋は和風の古い家が多く、私好みの洋風な家は少ない。で、思い切って新築することにした。そのためにはまず土地探しだ。山の別荘地とその後の借家で散々な目にあったので、土地選びは慎重に行わなければならない。しかしどの土地が良いのか悪いのか、スピリチュアルな能力がまるでない私には皆目見当がつかない。良いと思って買った土地がまた呪われていたらと思うと、決めるのが億劫になっていた。

ある日職場で社長のご友人が来ることを上司から聞いた。社長の友人というのは、霊感が強くて、会社が借りているビルに良からぬものを感じて盛り塩を勧めてくれたMさんという女性だ。社長は普段東京にいて、月に数回しかこちらに来ないのだが、Mさんは運転手を兼ねているので社長の送り迎えで必ず同行する。もしかしたら土地の写真を見たら、悪いものが見えたりするのではないかと思い、ネットで見た気になる土地の画像を2点印刷して、見てもらうことにした。結局私がいる間にMさんは現れなかったので、退社時に上司に画像を渡して、見てもらうよう言伝を頼んだ。

翌日出社して結果を上司に尋ねると、彼女は自分より母親の方がそういう能力が強いので、画像を持ち帰ってお母様に見せたそうだ。そしてお母様によると、一つの土地には仏像と、それからものすごく怒っている顔が見えるとのことだった。

これを聞いて私は狂喜乱舞した。私に見えないものを見ることができる人がいた! この人の力を借りれば、呪われた土地を買わずにすむのだ。私はこの時まで社長のお友達という女性と直接お会いしたことはなく、名前さえ知らなかった。しかしここで遠慮していたら一生後悔するかもしれない。私は図々しくも数件の気になる土地の画像を印刷したものを社長が来た時に渡した。

数日後、上司を介してMさんからお返事をいただいた。Mさんのお母様は画像を見ているうちに気分が悪くなり、見ることができなくなってしまったが、もし本気で土地を探しているなら、直接現地に行って一緒に見てくれるという、ありがたいお言葉をいただいた。そこで初めてMさんの名前と電話番号を上司に教えてもらい、直接連絡を取ることになった。

待ち合わせの前日、Mさんから電話があった。内容は「母はもしかしたら非常に失礼なことを言うかもしれない。後でそのことを話すと大抵記憶がないので、そういう時は神様やご先祖様が乗り移っているらしく、厳しいことを言っても気を悪くしないでほしい」というものだった。なにしろこのお母様という方は、少し先の事を予言してしまうスゴイ人だと社長から聞いていたので、常人とは違う言動があっても不思議ではない。ちょっと怖いけど「大丈夫です」と答えておいた。

当日は駅ナカの喫茶店で待ち合わせし、私の車に同乗していただいて目的の土地に向かった。Mさんは丁寧でハキハキした口調で理路整然と話し、電話で話した時も非常に聡明であることが感じられたが、直接会って話してみると、私と年も近く、細やかな気遣いをする親しみやすい人柄であることがわかった。お母様の方は女優の江波杏子さんと雰囲気が似ていて、白のパンツスーツをカッコよく着こなし、華やかで強いオーラを放っていた。

お母様(以下M母とする)は車の中で「あなたは人の意見なんか聞かない。私が『この土地はやめた方がいい』と言っても、自分が気に入れば私の意見なんか無視して決めるでしょ?」と言い出した。私は唖然とした。確かに私はこれまで自分のことはあまり人に相談せず、ほとんど自分で決めてきた。しかし土地選びに関しては、もう二度と失敗はしたくないので、そういうものが見える人に全面的に従おうと決めて同行をお願いしたのだ。この人が「良くない」と言った土地は無条件で避けるに決まっている。それなのになぜそんなことを言うのか。これがMさんが言っていた“神様やご先祖様が乗り移っている状態”なのだろうか。このあとも少々攻撃的な言動が続き、Mさんが気を遣って妙な空気を和めようと必死になっていた。

最初の土地に行くには、国道をしばらく南下して右に入るのだが、右折してすぐにM母は「気持ちが悪い」と言った。そのあたりからもう良くないものを感じたらしい。実は右折した所から別荘地になっているのだ。山ではないが、木々が生い茂る静かな別荘地だ。私好みの自然豊かな土地は、やはり住むのには適していないのだろうか。

細い道をしばらく行くと、最初の土地に着いた。南道路だがその土地にも前の空き地にも大木がたくさん生い茂っていて、少し暗い。車を止めるとMさんとM母は驚いたように「まさかここじゃないでしょうね」と言う。私が「ここですけど」と言うと「噓でしょ⁉ ダメッ、車から降りちゃダメ‼ 早く車出して‼」と叫んだ。それまで冷静だったMさんが「私は普段あんまり見えない方ですが、今のはさすがに見えました」と興奮気味に言った。見える人が2人で見えない人が1人だと、見えるのが当たり前で、見えないのが異常に感じられる。2人にとっては(なんであれが見えないの?)という感覚だろう。

次の土地はそのすぐ裏だった。昭和40年代の古い家が建っている。この家は一度不動産会社の人と一緒に来て、中も見ている。東南角地で日当たりが良く、古家を壊すのは問題ないが、庭に植えられた木は全て松や椿など和風の庭向きのもので20本以上もあり、しかもみんなかなりの大木に育っているので伐採が大変そうだった。私としては一度人が住んだ家の方が土地の悪い影響が少し弱まっているような気がしたが、前の住人が植えた木の処理が大変というデメリットがあった。壊れかけたフェンスの前に車を止めると、M母は車から降りて庭を覗いた。車を降りることができただけで私はホッと胸をなでおろした。ここはさっきの土地と違って悪いものはいないようだと思ったのだが、M母は庭の一点を凝視して「おじいさんがいる。困ったような顔をしてる。きっとここで亡くなったのね」とボソッと呟いた。そして視線を左に移すと「ああっ!」と短く叫んで「早く! 早く車出して‼」と慌てて車の方に走っていった。私とMさんも後に続き、急いでその場を去った。やはりここもダメらしい。

3番目の土地に行こうとすると、M母が「もうだめ、死ぬ。お願い、どこかで休ませて」と言うので、少し先の喫茶店に入った。かなり具合が悪そうなので心配になったが、お店の人に持ってきてもらった塩を体に振りかけ、コーヒーを飲んでいるうちに落ちついてきたようだった。表情も穏やかになり、お互いの事を色々話し始めた。最初は私に対しあまり良くない感情を持っていたようだが、この店に入ると随分と柔和で友好的になった。私のすぐ横にいるという亡くなった母からのメッセージも伝えてくれた。

M母には私が住むことになる土地が見えていたらしい。明るくて海が見える土地で、私が猫と一緒にソファーで横になっているのが見えるという。心配しなくても必ずそこに住むようになるということだった。

喫茶店を出て、駅に向かう車中でM母は再び具合が悪くなり、車を止めるよう言われた。原因は私らしい。私が“強すぎる”というのだ。どういうことなのかよく分からなかったが、車を降りた途端嘔吐して、もうこれ以上私とは一緒にいられないと苦しげに言われては、二人を残して立ち去る以外なかった。Mさんはタクシーを呼ぶと私に「もう行ってください」と別れを告げた。私が用意しておいた謝礼は、受け取ったら大変なことになってしまうと言って、断られた。

翌日Mさんと電話で話した。Mさんが言うには、私がM母の考えをことごとく否定し反発するので、それがはね返ってガラスの破片のように自分に突き刺さり、M母は非常な苦しみを味わうことになったそうだ。だから私が素直にならない限りもう会うことはできないという。これには納得できなかった。私は最初お互いの見解の相違を感じていたが、喫茶店で打ち解け合って話すうちに、やはりただならぬ能力をもったM母の助言を受け入れて実行しようと素直な気持ちになったのだ。心の中でも反発など全くしていない。

私はその頃、たぶん土地の神様と思われるモノにたたられていて、なにかと妨害を受けていた。Mさんの話ではM母は霊の影響を受けやすい体質のようだ。私に憑いてきたモノが私がM母から正しい情報を得るのを妨害するためM母を攻撃し、それを私の強い反発のせいだと思わせたのかもしれない。

本当はもっと色々なことを聞きたかった。あの時一体何が見えたのか、そういうものが私の背後にいないか、いたとしたらどうすれば離れてもらえるのか、等々。ただわかったのは、私が好きな森のような土地はそういうものがかなり多いということだ。

私が住んでいる市には非常に多くの別荘地が点在している。MさんもM母も、木々に囲まれた自然が色濃く残る別荘地全体を気味が悪いと言っていた。私が9年間暮らした山と同様、今まで一度も人が住んだことがない土地には、太古の昔からそこに存在している”ヌシ”とも”神様”ともいわれるモノがいて、人の侵入を許さないのだと思う。しかしそういうモノが見えない人間は無謀にも侵入してしまい、しばらくたたられた後、ようやく土地に”何かいる”と気づく。そして神社や祠を造り、怒りを鎮めてくれるよう崇め奉り、やがて”それ”は”神様”と呼ばれるようになった、と私は推測する。

日本には人の侵入を拒む土地がきっと、まだまだたくさんある。ずっと昔から人が住んでいた土地を選ぶのが一番無難なようである。

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