土地の呪い その6

不思議

お祓いの3日後は待ちに待った家の売買契約の日だった。天気は上々で11月にしては暖かく、私ははずむ心で玄関のドアを開けようとした。ところが……ドアが開かない。鍵は2ヶ所とも開いている状態だ。それなのにいくら押してもドアはびくともしない。この仮住まいに引っ越してきて半年以上たつが、こんなことは一度もなかった。私は鍵を一旦閉めてからもう一度開け、ドアを押すことを何度か繰り返したが全然だめだった。契約の時間にはまだ間があるが、やはり焦りを感じずにはいられない。お祓いを取り決めた直後に決まった契約だ。あの土地の神様に許されたはずだと思ったのは私の思い違いだったのか、それともこれはただの偶然か。

1階の掃き出し窓から出ることも考えたが、鍵を開けっぱなしで出かけることになる。あまりにも不用心だ。5分ぐらいガチャガチャと格闘していると、やっとのことでドアは開いた。私はホッと胸をなでおろし、車で契約場所の不動産会社ではなく、まず山の家に向かった。人に渡す前に、イノシシに荒らされた庭をもう少しきれいにしておきたかったのだ。

契約の時間まで1時間ぐらいしかなかったが、砂利の上に流れた土砂をなるべく取り除き、花壇にはホームセンターで買った腐葉土をすき込んだ。そして最後に山の神様に、9年間そこに住ませてもらったことを感謝した。引っ越した後も毎週風を通すために戻ってきた我が家だが、もう2度と来ることはないだろう。あと1、2時間で我が家ではなくなる。そう思うと少し寂しかった。この家に来て色々ひどい目にあったが、見渡す限り緑の静かな環境が、私は本当に好きだった。たぶん福千代もそうだろう。それでも出て行かねばならなかったのは残念としか言いようがない。

名残惜しくはあったが約束の時間が迫っていたので山を下り、不動産会社に向かった。あの家を買った人はあそこに定住するのではなく、別荘として使うらしい。お祓いも済ませたことだし、新しい居住者に災いが及ぶことは、あったとしてもそれほどひどくはないだろう。無事契約を終え、私もこれからはいやなことから解放されて、すべてが良い方向に向かうだろうと思っていた。しかしそれは甘かった。

呪われた家を売っても私の体は不調のままだった。いくつか病院を受診しても相変わらず「問題なし」と言われた。神社に行ってお祓いを受けたが何も変わらない。一度たたられたら家を売っても引っ越しても体は一生治らないのだろうか。私ばかりでない。福千代も仮住まいに来てから病気になってしまった。
ある時ハッと恐ろしい事に気づいた。(もしかしてこの家も…)

ここは新しい家が見つかるまでの仮住まいなので、福千代が外に出ても車に引かれる心配のない場所というのが一番重要な条件で、ほかのことはあまり考えずに決めた。しかし住んでから分かったことだが、十数軒の家が建つ、森に囲まれたその区画は、山の別荘地と同様3、40年前までは全て森で、新しく宅地に造成された場所だった。そして私が借りた家と隣の家は造りがそっくりで、建売住宅だったことが明らかだった。つまりここも地鎮祭はやっていない可能性が大なのだ。おまけに家の裏は切り立った崖で、山の家と同様、土地をかなり切り崩して建てたようだ。隣の人の話だと、私が借りた家はあまり人が居つかず、大抵1、2年で出て行くそうだ。

この家に来てすぐ気になったのは、切り花が異常に早く枯れてしまうことだった。最初は水が悪いのかと思って近所のスーパーで汲んできた浄水を花瓶に入れたが、何も変わらなかった。切り花の延命剤を入れても全く効果がない。昔『オーラの泉』というテレビ番組で、花は悪いものを吸い取ってくれるというようなことを江原さんが話していた。この家で花がすぐ枯れるのは悪いものが多いからなのか。

その頃私が働いていた会社では「ここは昔から花がすぐ枯れちゃうんだよ」と、古くからいる従業員が不思議そうに語った。そして社長のご友人の霊感が強い女性は、会社が入っているビルに良からぬものを感じ、トイレに盛り塩をするように勧めてくれた。しばらくはその勧めに従い定期的に塩を替えていたのだが、そのうちに面倒くさくなってやらなくなってしまった。

数年後、そのビルのオーナーの女性が首吊り自殺をした。美人で優しい恋人もいて、一生働かなくても贅沢に暮らせるほど裕福だったのに… 自殺したこの女性は私が勤めていた会社の前社長だったので、古くからいる従業員とは付き合いが長く、住居部分に行く階段の手前にはよく花が供えられていた。しかしその花は毎日水を替えても、異常な速さで枯れるのだった。

だから私にとって花が早く枯れるというのは、その土地や建物があまり良くないということを意味する。山の家も売れたことだし、早く新しい家を見つけなければと焦りを感じた。何しろその家に引っ越してからというもの、山にいた時のような攻撃は受けなかったが、何か自分の運勢を好転させるような事をやろうとすると必ず邪魔が入るのだ。

例えばユーチューブにBlue Rose Channel Japanというチャンネルがあり、たくさんの楽曲がアップされているのだが、これらの音には奇跡を起こす力があると説明されている。実際に奇跡を経験したというコメントが非常に多かったので、試しに数日間聴いてみた。コメントにあったように、何年も音信不通になっている友人と再会する夢を見たり(コメントでは夢ではなく現実に会う方が多い)、困っている時に思いがけない人から手を差し伸べられたりしたので、(これは本物かもしれない、しばらく聞き続けよう)と思っていたら、ある日再生した途端に左手に電気が走るような痛みが起こり、次の日は左足に激痛が走るという、悪い反応が出るようになった。また別の日、これを聴いている時に宅急便が来たので出ようとすると玄関のドアがまた開かなくなった。それでもがんばって聴いていると、福千代が吐きそうになっている。福千代は吐く前に喉の奥から「ゴボッゴボッ」という苦し気な音を出し、胸の筋肉を激しく上下させる。これが始まったら必ず吐くと決まっている。吐かなかったことは一度もない。しかし動画を停止させると吐き気は治まった。

このことがあってからBlue Roseさんの曲を聴くのはやめた。自分の体が痛くなるぐらい平気だが、福千代を苦しめることだけは絶対にできない。これほど妨害するのだから効果があるのかもしれない。しかし福千代を人質に取られているようで、私は自分の意思を貫くことができなかった。

これと同様の妨害がこの家にいる間ずっと続いた。今になって思えば、あの契約の日、玄関のドアが開かなくなったのは山の神様の仕業ではなく、この借家の土地にいる神様の悪意によるものだろう。リフォームがトラブルだらけだったのも、イノシシに庭を荒らされたのも、それからお祓いを決めた途端、家を買いたいという人が立て続けに現れたのも。

お祓いの前に契約が決まったので、私はお祓いをキャンセルしようかと思った。結局考え直してお祓いは実施したが、もしキャンセルしていたら、私はこの先山の神様の祟りに一生苦しめられていたかもしれない。それが狙いだったのでは…と思えるのだ。そうなるとやっとあの家を売却できたのは、お祓いをキャンセルさせて私をずっと苦しめておきたい借家の方の土地神様の悪意の結果ということになる。つまり家が売れたからといって山の呪いから解放されたとは言えないのだ。

それからこれは関係ないかもしれないが、この家に来てから夜寝ている間にベッドが動くようになった。ダブルベッドなのでかなり重く、動かそうと思えばかなり力を入れて押さないと動かないのだが、いつの間にか10センチぐらい動いている。床が傾いているわけではない。元の場所に戻す時はベッドの重さでフローリングに傷がついてしまうほど大変なのに、何度戻してもすぐに動いてしまうのだ。単に私の寝相が悪いだけなのかもしれないが…

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