死んだ後も一緒に寝る

猫は寝るのが好きである。とりわけ飼い主と一緒に寝るのが好きなようだ。私がベッドに入ると、違う場所で寝ていてもすぐさまやってきてベッドに飛び乗ってくる。そして私の首に前足を回して、荒い鼻息とともに結構な音量で喉をゴロゴロ鳴らす。私にとってそれは至福の時だ。愛しい我が子の温もりを感じながら眠りにつくのは何と贅沢なことだろう。千歳や福千代の寝息が私の頬や首にかかると、こそばゆくて幸せで胸が熱くなる。猫と一緒に寝ること以上の喜びがこの世にあるだろうか。

とはいえ同じ態勢が続くとちょっと疲れてくるので、私は寝返りをうって少し距離を置く。すると彼らは移動してきて、また私の体にぴったりくっついてくる。もう一度寝返りをうつと私はベッドの端に追い詰められて少々寝心地が悪くなる。

そのため私はM荘にいた時、ベッドをシングルからダブルに買い替えることにした。四畳半の寝室にダブルベッドとタンスを置くと狭い事この上なかったが、ベッドの端に追い詰められても猫の向こうにスペースがあるので、そちらに移動すれば快適な睡眠を確保できるようになった。

ある夜、例によってベッドの左端に追い詰められた私は福千代の向こうのスペースに移動した。福千代を起こさないようにそっと移動したつもりだが、福千代はすぐに枕の上を歩いてベッドの右端にやってきた。(あ~、福ちゃん起こしちゃったか)と思いながら何気なく左手を動かすと、何か温かいものが当たった。(え?)と思ってつかむと、それは福千代の前足だった。

私の左に福千代がいる。福千代は移動していなかったのだ。では今私の右にいるのは… 羽根枕をガサガサ踏んで移動してきたのは… 

千歳以外にはなかった。千歳がいるのだ。私に会いに来てくれたのだ。

思えば千歳は寝る時、私の顔が自分の方に向いてないと嫌みたいで、私が寝返りを打つとよく「ウウ~ン」と鳴いて、枕の上を歩いて私の顔が向いている方に移動してきたものだ。この行動パターン、千歳に間違いない。

千歳は福千代以上に私と寝るのが好きだった。福千代の場合、夏はさすがに暑いので接触を避けて私の足元で寝ていたが、千歳は長毛であるにもかかわらず、夏でも私にぴったり張り付いて寝ていた。私は汗びっしょりになり、ベッドの上をゴロゴロ転がって逃げ回っていたのを思い出す。

千歳が病気になり、体力が衰えてベッドに上がることができなくなると、私は猫トイレの横に毛布を折りたたんだものを置いて千歳の寝床を作った。千歳は数日間そこで寝ていたが、ある夜目を覚ますと私の枕の右で千歳が寝ていた。歩くのもヨタヨタでジャンプなど完全にできなくなっていたはずなのに、よくベッドに飛び乗ることができたものだと驚いたが、そこまで体力が戻ったことが嬉しく、このまま回復するかもしれないと希望が湧いてきた。

しかし翌朝目を覚ました時、千歳はベッドにはいなかった。前の晩消灯した時と同じ状態で毛布の寝床で寝ていた。あの体ではベッドから降りるのも大変だったはずだ。いつの間にかベッドに上がって来て、いつの間にか元の寝床に戻っている。不思議だった。その日はすぐ横のトイレで用を足すのもしんどいようだった。体力は全く回復していなかったのだ。それなのに昨夜どうしてベッドに上がってくることが出来たのか… 

後から考えると、あれは幽体離脱だったのではないかと思う。長いこと闘病していた子供の魂が死の直前、病院から両親のいる家に戻ったという話を聞いたことがある。千歳の魂も、ほんの3メートルしか離れていないけれど、それでも行くことができない場所に、どうしても行きたかった場所に飛んで行ったのだと思う。

次の夜、千歳は遠吠えするようなもの悲しい声で一声鳴いた。私は千歳が一緒に寝たがっていると思い、千歳の横に布団を敷いて寝た。千歳の毛布とくっつけて布団を敷いたのだが、千歳はそれに満足せず、もうほとんど動くことができなかったにもかかわらず、最後の力をふりしぼって私の方に這ってきた。わずか30センチぐらいの距離を、一歩一歩ゆっくりと、文字通り死力を尽くして近づいてきた。

やっとのことで私のお腹に辿りついた千歳の背中を私はそっと撫でた。痩せ細った千歳の背骨はごつごつしていて、そっとでも撫でれば痛いのではないかと思い、撫でる場所を背中から頭に変えた。親指の腹でそっと撫でると、千歳の喉がかすかにゴロゴロ鳴った。千歳が息をひきとったのはこの半日後だった。

これほど私と一緒に寝るのが好きだった千歳だ。死んだ後もベッドで寝ていても不思議はない。そういえば私の右から布団に潜り込もうとした福千代が、体半分だけ入った状態でぴたりと動きが止まったことがあった。「福ちゃん、どしたの?」と尋ねても無言で固まっている。しばらくして私の胸を横切って左に移動し横になったのだが、これは非常に珍しいことだった。福千代は我が家に来てからずっと、私の右で寝るのを習慣としていた。引越して寝室のドアがベッドの左に変わっても、福千代はわざわざ遠回りして右側からベッドに上がり、私の体の右で寝ていた。それなのに右に行きかけて途中で止まり、左に移動したのだ。

たぶん布団の中に千歳がいたのだろう。千歳も私の右が定位置だった。福千代は布団の中に入ろうとして千歳と鉢合わせになり、「何よ、あんた。ここはあたしの場所なんだからね。あんたはあっち行きなさいよ」と千歳にガン飛ばされてすごすご左に移動したに違いない。

千歳が逝ってすぐの頃、何度か千歳の霊を見たり気配を感じたりしたが、場所はいずれもベッドの上だった。死んでも好きなことは変わらないようだ。きっと今でも私の右で寝ているのだろう。そう思うと千歳を失った痛みは薄らいでいく。死は苦しみをもたらす肉体からの解放であり、自由になった魂はいつでも好きな時に愛する者のもとに行くことができるのだ。

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