食事の攻防

食事の途中で電話がかかってくると、私はテーブルに並べられているものを素早く確認する。魚や海老などがあれば福千代に狙われる可能性が高いので、電子レンジの中に入れるなどして隠さねばならない。要注意のおかずが複数あって電子レンジの中に入りきらない場合は、皿を抱えてトゥルトゥル鳴り続ける電話機に向かう。

ある時テレビを見ながら夕飯を食べていると電話が鳴った。その日はスーパーで買ってきた鶏の唐揚がメインで、ほかは野菜のおかずだった。福千代は基本的に魚が好きで、肉にはそれほど興味を示すことはなかったので、私はリモコンでテレビの音だけ消して電話に出た。さほど重要でもない話をだらだらしゃべって何の気なしに振り返ると、福千代がテーブルの上で私の唐揚をムシャムシャ食べている。思わず「アァー!」と叫ぶと電話の向こうで相手も「ナニ⁉」とびっくりする。

肉は大丈夫と思って油断してしまった。いつも肉をあげても少ししか食べないし、ましてや自分のごはんを完食して満腹のはずなのに、なんだってそれほど好きでもないおかずを盗み食いするのだろう?

もしかしたら「盗む」という行為自体に魅力があるのだろうか。福千代は意外なものを盗み食いする。一度は納豆を食べたことがあった。あんな臭いものをよく食べる気になったものだと感心し、次に納豆を買ってきた時に少しあげてみたが、その時は見向きもしなかった。ポテトサラダも一度だけしか盗み食いしなかった。飼い主が見ていないすきにこっそり食べるのがいいのであって、それが本当に食べたかったわけではないのかもしれない。

「泥棒猫」という言葉があるように、猫には盗癖がある。サザエさんの主題歌は「お魚くわえたドラ猫」という歌詞で始まる。お腹をすかせたノラ猫はもちろん、それほど空腹ではない飼い猫でも、大好物の魚を盗むのはよくあることだ。

犬は昔から猫と同じくらい、あるいはそれ以上に人間と深く関わってきた動物だが、「泥棒犬」という言葉はない。つまり犬はあまり泥棒はしないということだ。飼い主に忠実なためというのが一番の理由であろうが、十分に食事を与えられていれば盗んでまで食べようという気がおきないというのも大きな理由ではないかと思う。

一方、狩猟本能が色濃く残る猫にとって泥棒は狩りであり、ねこじゃらしをパタパタ振られると飛びかからずにいられないように、食べ物が少し手の届きづらい所にあればジャンプして奪わずにいられないのではないかと考えたりする。

今放送中のテレビドラマで、泥棒一族の妻がお宝を見ると盗みたくて体がうずき、「あなた~ン、あたし、これ欲しいわ~」と身もだえる姿はまさに猫のイメージだ。「泥棒猫」という言葉はエツコさんのためにあるような気がする。個性の強い登場人物の中でも、最近は小沢真珠のキャラクターが断トツで面白い。おばあちゃん役のどんぐりさんも強烈だが…

話は元に戻る。それほど好きではないものを盗み食いするのであれば、当然自分の好物がテーブルに載っていれば、私が見ていようがいまいが強奪にやってくる。

福千代が一番反応するのは焼き魚だ。青魚のあげすぎは猫にあまり良くないので、サンマなどを焼いても少ししかあげられない。しかしもっと欲しい福千代はテーブルに飛び乗ってサンマに前足を伸ばしてくる。私は左手で防御しながら前かがみになってサンマとご飯をかっこんだ。福千代はガードしていた左手を乗り越えて私の頭と皿の間の狭い空間に頭を突っ込もうとする。私は再び左手で福千代の頭を押しのけ、箸を慌ただしく口の中に運んだ。福千代の頭は結構な力で私の左手を押し出し、じわじわとサンマに近づいてくる。私はテーブルで食べることを諦め、キッチンの流しに皿を持って行ってそこで食べ始めた。福千代はテーブルを下りて流しに飛び乗る。私は流しより高い位置にある電子レンジの上に皿を移動し、福千代に背を向けて再び立ち食いをする。そして福千代が電子レンジに飛び乗る前になんとか食べ終わり、サンマの骨や内臓を素早く片付けた。

魚を食べる時はいつもこんな感じで疲れるので、福千代が自分のごはんを食べ終えて食後の散歩に出たのを確認してから魚を焼くこともある。しかし換気扇から魚の香ばしい臭いが外に流れていくと、福千代がニャーニャー鳴く声が遠くの方から聞こえてくる。その声は段々近づいてきて、やがて換気扇のすぐ下から聞こえてくるようになる。私は急いでご飯をよそって焼きあがった魚をテーブルに置くのだが、箸を持った瞬間に猫ドアがバタンと閉まる音が聞こえ、福千代がすごい勢いで階段を駆け上がって来て食卓の前に姿を現した。

福千代は一人で魚を食べようとした私を激しく非難する。私は悪い事をしたのが親にばれた子供のようにオドオドして、「ごめんね、福ちゃん。でも干物は塩分が強すぎて福ちゃんにはあげられないんだ。ごめんね」とひたすら謝った。怒りに燃える福千代は私をねめつけながらテーブルに飛び乗り、「それをよこせ」と前足を干物に伸ばす。私は左手で防御しながら前かがみになり、干物とご飯をかっこむ…… 2段落前の攻防戦が繰り返されることになる。

猫を飼っていると落ち着いて魚を食べることができない。でもゆっくり魚を味わう日など永久に来なくてかまわない。福千代が食欲旺盛で私の魚を狙うほど元気でいてくれるのが一番嬉しいのだ。

タイトルとURLをコピーしました