理想の最期

福千代が7歳ぐらいになると、私は福千代と一緒にいられる時間がもう半分を切ってしまったのではないかと恐ろしくなった。猫の平均寿命は確か14か15歳ぐらいだ。福千代と過ごした7年など、あっという間だった。残りの時間もきっと同じように過ぎていくのだろうと思うと、恐怖で身がすくみそうになる。

ある日ベランダで洗濯物を干していると、猫を抱いて散歩をしている女性に声をかけられた。私の横にいた福千代を見て「何歳ですか？」と聞かれたので「7歳です」と答えると、「うちの子は25歳なんです」とおっしゃった。足腰が弱くなって歩けなくなってしまったが、外の空気を吸わせてやりたくて抱いて散歩しているそうだ。

20年以上生きる猫がいるとは聞いていたが、それはかなりまれなことで、そうそういないと思っていた。それが近所にいたなんて……　しかも25歳‼　

私は福千代の方を向いて言った。「福ちゃん、福ちゃんもあの子と同じぐらい生きてね。福ちゃんが歩けなくなったら、ママがああやって抱っこして散歩に連れてってあげるから、絶対長生きしてね」

20年以上生きることは夢ではないのだ。健康に気を付けていれば、まだまだいける。軽くあと10年は生きられるだろう。希望がわいてきた。

しかしどんなに長生きしたとしても、別れはいつか必ず来る。あまり考えたくないが、考えるのを完全に避けていると、逆に不安が増して苦しくなってしまうので、“理想の最期”というものを設定し、目標にしていた。それはこういうものだ。

福千代は老齢になってもずっと健康で過ごし、若い時ほど活発ではなくなっても普段と変わらない生活を続ける。病気とは無縁で、病院に行くのは年一回の健康診断ぐらい。最後の日もごはんをお腹いっぱい食べて、デザートのヨーグルトを催促したりする。昼間少し外に出て日向ぼっこなどをして、夜はいつも通りベッドに飛び乗って、私の体にぴったりよりそって横たわる。そして（ああ、今日も楽しかったな…）と満ち足りた想いで眠りにつく。眠っている間に安らかに旅立っていく……　

そんな最期であればいいと思っていた。それなら少しは諦めがつくだろう。完全な老衰。それ以外の理由で死んではいけない。病死はダメ、事故死などもってのほかだ。

毎日が幸せでストレスなど一切なく、痛いこともつらいことも悲しいことも何ひとつない。世界一幸せな王子様として天寿を全うしてほしい。

それが福千代と暮らし始めた時からの私の変わらぬ願いだった。