絶望と希望

福千代が悪性リンパ腫になって1年半が過ぎた頃、再び下痢が続くようになった。エコー検査をすると腫瘍が増えているのがわかった。

ガン細胞を減らすため、私はこの頃までずっとブロッコリースプラウトを細かく刻んで食べさせていた。最初はレトルトの餌に混ぜていたのだが、そのうちブロッコリースプラウトが入っているとレトルトを残すようになってしまったので、食後に薬と一緒に飲ませるようにしていた。

しかしこれは容易な事ではない。薬を飲むこと自体がいやなのに、薬と一緒に嫌いなブロッコリースプラウトを飲み込まなければならないのだ。しかも薬の種類が増えてしまい、飲ませようとすると逃げたり隠れたりするようになっていた。そんな福千代を捕まえて無理に飲ませるのはつらかった。短期間の投薬であれば有無を言わせず飲ませられるのだが、甲状腺の薬から始まってもう2年以上になる。いたたまれなかった。福千代のストレスを少しでも減らしたかった。それにブロッコリースプラウトはこれ以上細かくできないというぐらいに細かく刻んでいたが、それでも猫は野菜の消化が苦手だから腸に負担をかけていたのかもしれない。しかし悪性リンパ腫になりながら1年半も元気でいられたのはブロッコリースプラウトのお蔭なのではないか? いや、それなら腫瘍が増えたのはなぜ?

正解が分からない。自分の無知が情けない。でも福千代が嫌がっているのは確かだ。悩んだ末ブロッコリースプラウトは中止することにした。

多量の水を飲み多量のおしっこをするので、甲状腺機能亢進症が原因の下痢とも考えられたが、甲状腺の薬を増やせば食欲が減る可能性もあるとのことで、それはできなかった。

ネットで猫の甲状腺機能亢進症について調べると、レモンバームを煮出したものを飲ませると甲状腺ホルモンの分泌を正常にするとの記事があったので試してみることにした。レモンに似た香りが強いので飲んでくれないのではと心配だったが、とにかく水をたくさん飲みたい福千代にはその心配は無用で、たっぷり飲んでくれた。

しかしレモンバームの効果は現れなかった。冬になると食欲は減り、嘔吐するようになった。

大晦日、下血が始まり、水も食事も一切受け付けなくなった。もうこれが限界だと思った。病院に連れて行っても数日寿命が延びるだけで助からないだろう。残り少なくなった時間は家で静かに過ごさせてやりたかった。嫌いな薬からも解放してあげた。福千代のいない部屋で泣いたが、福千代の前では平静を装い、余計な心配をかけさせないようにした。

身を切られるような覚悟をした2日後、奇跡が起きた。食事はおろか水さえ飲まなくなっていた福千代が、水入れからぴちゃぴちゃ水を飲んだのだ。(良くなっている?)ひとすじの光明が見えた。レトルトの固形物は全く受け付けなかったが、スープなら飲むのではないかと思い、常に水の横にスープやクリーム状の栄養食を置いておいた。

5日後、スープをほんの一口だが飲んだ。しかしサラサラのスープなのに、飲むと口の中が痛いのか、前足で口をこすり、吐きそうになってすぐに飲むのをやめてしまった。次の日はもう少し飲んだ。痛そうな素振りを続けながらも徐々に飲む量を増やし、クリーム状の栄養食もなめるようになった。

10日ぐらいたった頃、やっと下血が止まった。(大丈夫、まだ生きられる)と思い、薬を再開した。薬がなくなる頃に病院に行くと、しばらくぶりに来院した私を見て、先生は「何かあったのではないかと心配していました」と言った。年末からの病状の悪化と回復を伝えると「回復したきっかけは何だったんですか?」と聞かれた。私は分からないと答えたが、そんな質問をしたということは、何か特別なことをしないかぎり回復する見込みが薄い状況だったのだろう。福千代はまたもや奇跡の復活を遂げたのだ。

少なかった体重はさらに減って2.5キロぐらいになってしまった。痩せてガリガリになった姿は、誰が見ても病気であることが一目瞭然だった。それでも食べる量が段々増え、ヨタヨタしながらも普通に動くことができたのは、涙が出るほど嬉しかった。生きているだけで本当に、本当にありがたかった。この小さな命の灯を絶やさないために、私は何でもしただろう。何を差し出しても惜しくはなかった。千歳の時も思ったが、元気でそばにいてくれるならホームレスになっても構わない。私にとって福千代の命ほど大切なものはこの世にないのだ。福千代が回復してくれたことを、病院の先生とスタッフの方たちに、太陽や月、そして大地に、通りすがりの見知らぬ人々に、道端の花や石ころに、目に映るものすべてに感謝したい気持ちだった。

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