福千代は私が外に出る時、よく後を付いて来た。M荘から職場に近い一戸建てに引っ越すと数か月後に町内会の班長なる役が回ってきて、町内会費だの赤い羽根募金だのを集めなければならなかったが、福千代はご近所をまわる私の後によく付いて来た。自分のテリトリーの外にある、普段は決して超えない道でも、私と一緒だと躊躇せず渡った。
私は初め、福千代がよそ様の庭にどんどん侵入していくのではないかとハラハラしていたが、そのような心配は無用だった。ちょうど保険の外交員が二人一組で戸別訪問するのと同じように、福千代は私の後ろにぴったり付いて玄関の前まで行き、用が済めばすみやかに退場した。実にお行儀が良かった。帰路、道端の虫などに気を取られて足が止まることがあったが、「福ちゃん」と呼べばすぐに走ってきた。そこら辺の犬よりずっとお利口だ…などと書いたら愛犬家の方々におしかりを受けるかもしれないが…
山に住んでいた時、私は運動不足を解消するため早く目覚めた朝は家の前の坂道を何往復か歩いたりしていた。同じ景色を見るのはつまらないので、本当はずっと下の方まで下りていって、20分ぐらいしたらUターンして戻ってくるというのが理想だったのだが、福千代が付いてくるのでそれはできなかった。福千代のテリトリーをあまり広げてしまうと、喧嘩が増えそうだし迷子になる可能性も無いとは言い切れないので、いつも200メートルぐらい下るとそこでUターンして、来た道を引き返すようにしていた。
初め福千代は私の先を走ったりしてはしゃいでいたが、年を取るにつれて付いてくるのが難しくなり、私との距離が広がると「待って~、待って~」と鳴き続け、Uターンして戻ってきた私を見ると鳴き止み、また後に付いてくるが、そのうち疲れて隣家の駐車場で休憩するようになった。30~40分のウォーキングを終えて「福ちゃん、終わったよ。おうち入ろう」と声を掛けると、福千代は「やっと終わったか」といった感じで立ち上がり、私の後をついてきたが、その歩みは若いころのように早くはなかった。たくさん歩いて疲れたのだろう。
猫の外見は年をとってもあまり変わらず、いつまでも幼い感じを残していたが、体力は確実に衰えていた。それを目の当たりにすると何とも切なかった。猫の寿命が人間よりずっと短いことをいやでも思い知らされる。それでも私に付き合って外に出てきてくれる福千代は、何にも代えがたいパートナーだった。