土地の呪い その3

不思議

山に住むようになって数年間、祟り神の攻撃を受けたのは私だけだった。しかしその矛先はやがて福千代にも向けられるようになった。

福千代は夕飯を食べると大抵食後の散歩に出る。ある晩散歩から帰ってきた福千代の口に少し血がついていたので口の中を見てみると、上の犬歯が2本ともなくなっていた。毎晩歯みがきをしているので歯の状態はちゃんと把握していた。グラグラしている歯は1本もなかった。健康だった歯が急に2本もなくなってしまったのだ。福千代の肉球の間には土のようなものが入り込み、爪からも少し出血していた。木にでも登って落ちそうになり、枝をくわえたか何かで歯が折れたのかもしれない。悪意ある人にやられたと考えるよりはずっとマシだったが、それでも大切な歯が2本もなくなってしまったのは悲しく痛々しく、私は福千代を抱きしめて大泣きしてしまった。

それから1週間ぐらいすると今度は福千代の右の頬から出血があり、見ると小さい穴が開いていた。他の猫とけんかして相手の爪が刺さったのかもしれない。この時から寝ている時でも右目が半分開いたままになっていたり、右下の犬歯が引っかかって口を閉じることができなくなってしまった。病院で診てもらうと穴が開いたところは神経が通っている場所で、顔の右半分に麻痺があると言われた。口の右半分が閉まらないのは、上の犬歯がなくなって下の犬歯に口が引っかかりやすくなっていたところに麻痺が起きたので、ますます閉じづらくなってしまったためらしい。時間がたてば治るでしょうと言われたので少し安心した。

しかし… まもなく右上の歯がグラグラするようになり、抜けてしまった。いつも口が開いて乾燥していたため唾液で殺菌されず歯周病になってしまったのだ。

私の時と同じだと思った。私の歯もありえない偶然が重なってどんどん悪くなっていった。今度は福千代が攻撃を受けている。顔の麻痺は獣医師の言う通りしばらくすると治ったが、このあと何が起こるかわからない。自分はともかく福千代だけは何が何でも守らなければならなかった。

家を売る決心をし、不動産屋に電話した。住んでいる状態で売りに出し、私が仕事で不在の時でもいつでも内覧できるように不動産屋に合鍵を渡した。しかし数人が見に来たものの買いたいという人は現れず、1年後、買い手がつかないまま私は家を出た。家を空にしてリフォームし、その後価格を下げれば売れるだろうと思ったからだ。

市内の仮住まいに引っ越して1ヶ月後、空気の入れ替えに山に戻った。色々といわくのある家だが9年間暮らしたマイホーム、福千代との楽しい思い出もたっぷり詰まった我が家だ。懐かしかった。この家は2階に玄関があり、玄関の右に下に降りる階段がある。2階のリビングの窓を開けたあと階段を下りて廊下を歩いていると、妙な感覚があった。(あれ?)と思って踏みしめると、床が少し沈んだ。1ヶ月前は何ともなかったのに、どうして… 山だから湿気は多い。1ヶ月空気の入れ替えをしないとこんなに家は傷むものなのだろうか。それほど不思議なことではない。しかし床がへこんだその場所は、以前私が(死体でも埋まっているのか)と冗談半分に思った場所だった。

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