しゃべる猫

猫の鳴き声は実に変化に富んでいる。私が話しかけると、小さい声で「あん、あん」と返事をする。食事を催促するときは、はっきりと強い意志を感じさせる声で、すねている時は低い声で恨みがましく鳴く。

出窓から外を眺めていた時などは、電線に止まっている鳩に向かって「カッカッカッカッ…」という奇妙な鳴き方をした。横で福千代の口の動きを見ていた私は、あごが外れたのかと心配してしまった。このような鳴き方をしたのは、私が知る限り一度きりだったが、あまりにも奇妙だったので、強く印象に残っている。 

「うちの猫はしゃべるよ」と、ある時職場の同僚が言った。テレビか何かでも、そういう話を聞いたことがある。しかし私はしゃべるといっても、鳴き声が人間の言葉に聞こえなくもないといった程度だと思っていた。

私も以前「千歳が“おはよう”と言った」と友人に話したことがある。私が「おはよう」と言ったのに対し、千歳が「アアアー」と応えたのだが、私にはそれが「おはよう」に聞こえたのだ。友人は「親バカねぇ」と一蹴した。親バカな飼い主には、猫が人間の言葉をしゃべっているように聞こえてしまうことがある。だから“しゃべる猫がいる”という話をうのみにしてはいけないと思っていた。

しかし“しゃべる猫”は実在した。福千代がそうだったのだ。

M荘にいた時の話である。外の廊下から話し声が聞こえてきた。そのアパートには私しか住人がいないのだから、人がいるとしたら誰かが私を訪ねてきたに違いない。耳を澄ませて聞いていると、どうやら酔っ払いのようだった。ろれつのまわらない舌で、上司の悪口でも言っているような感じだった。私は追い払おうと思い、ドアを開けた。しかしそこに酔っ払いの姿はなかった。いたのは福千代と一匹のノラ猫。福千代がその猫に向かって文句を言っているようだった。しっかりと抑揚と強弱をつけて、早口でまくし立てている。短文ではない。かなりの長文だった。内容はおそらくこうである。

「おい、お前! いったい誰に断ってここにいるんだ? ここは僕の家だぞ。僕より前にここに出入りしてる連中は仕方ないにしても、お前今日初めてだろう? それにそこにいられると、奥の日当たりのいい場所に行けないんだよ。邪魔だなあ。休憩場所なら、ほかにいくらでもあるじゃないか。 とっとと帰れ! 二度と来るな! 今度来たら猫パンチくらわしてやるからな」

それは“鳴いている”ではなく、“しゃべっている”としか言いようがなかった。私はドアを開けるまで、酔っ払いが独り言をしゃべっていると信じて疑わなかったのだ。

野生の猫もこのような“しゃべり”をするのだろうか? もしこれが飼い猫特有のものであれば、間違いなく人間の口調を真似しているのだ。

私が小言を言う時の言い方があれなのか? …冷汗が出た。

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