最後の引越

外構工事はまだ終わっていなかったが、新居が完成したので1月末、引っ越すことにした。福千代の足腰がだいぶ弱って階段の上り下りがきつそうだったので、平屋の新居に一日も早く移りたかったのだ。平坦で日当たりのいい庭では福千代が気持ちよく日向ぼっこできるだろう。動物病院からは少し遠くなったが、それでも車で10分もあれば行ける距離だった。家の周りはあまり車が通らないので福千代が事故にあう心配もない。

引越の当日、業者が来る1時間ぐらい前に私は福千代を新居に連れて行き、「ここが福ちゃんとママの新しい家だよ」と言って家の中をしばらく見せた。福千代は初めての場所でも私と一緒だと全く動じることはなく、落ち着いた様子で家の中を歩いて回った。ひと通り見て回ると、あらかじめ本を運び入れて引越日には業者を入れないようにしておいた書斎に福千代を抱きかかえて入った。その狭い部屋には、トイレと福千代がいつも使っている毛布やクッションがセットしてあった。そこでギリギリの時間まで福千代に寄り添い、「ママはもう一度前の家に行ってくるけど、すぐに戻るからここで待っててね」と言い含めて一人仮住まいに戻った。

私が戻ると引越業者は予定の時間より早く到着して待っていた。慣れた手つきで壁や床の養生をし、テキパキと荷物を積んでいった。思っていたより早く積み終えて新居に到着すると、書斎から福千代がニャーニャー鳴く声が聞こえた。私がそばに行くと鳴き声はピタリと止んだ。トイレを使った様子はなく、毛布の上を動かなかったようだ。2時間ぶりの対面だが、もっと長いこと離れていたような、長い別離のはてにようやく会えたような感慨があった。初めての家でひとりぼっちで私を待っていた福千代の心細さが私に伝わってきたせいかもしれない。私は「ただいま、福ちゃん。良い子にしてた?」と福千代を抱きしめてキスを浴びせた。

書斎にこもってなるべく福千代のそばにいてやりたいのだが、「すいませーん」と荷物の置き場を尋ねる業者に呼ばれれば離れざるをえない。いつまでも私が戻らないとしきりにニャーニャー鳴く声が聞こえてくる。私が戻ると鳴きやみ、離れるとまた鳴く。この様子を見ていた業者の若い男性は「まるで赤ちゃんだね」と笑って言った。

本当に福千代は私にとって赤ちゃんだった。だから年老いて私より先に死ぬということがどうしても考えられなかった。考えたくもなかった。

引越業者が帰ると書斎のドアを開け、福千代を自由に歩かせた。壁も床も新しいけれど、ほとんどの家具もキッチンマットも布団も変えなかったので落ち着かないそぶりを見せることもなく、新居にすぐになじんでくれた。これまで何度も引越をしてその都度福千代を付き合わせてきたが、おそらくこれが最後の引越となるだろう。この家は終の棲家となる予定だ。

「この家で楽しい思い出をたくさん作ろうね」

その夜、私はベッドで横になると隣で寝ている福千代の頭を撫でながら言った。

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