痴漢を撃退するのはそれほど難しくない

人間

随分昔の話になるが、私が通っていた高校は渋谷にあり、当然満員電車に揺られての通学であった。この電車で初めて痴漢というものに遭遇した時、私はその図々しさと卑劣さに猛烈な怒りを覚え、私の太ももを触るそのいやらしい手に毒針を突き刺してやりたいと思った。これは結構本気で、毒を入手することはできないが、画びょうを仕込んだ指輪を何とか作れないものかとあれこれ考えてみたものの、溶接の技術がなければ不可能だという結論に達し、断念した。

最初はどうしていいものかわからず、情けないことにされるがままになっていたが、2回目からは私の体と痴漢の手の間にカバンなどをはさんで防御するようになった。慣れてくると電車が揺れてわずかにできた隙間に素早く移動して痴漢から離れることもできた。後ろの人間が犯人だと確信した時は、その男の足を思い切り踏んでやった。かかとを相手の靴の上に載せ、つま先を浮かせて全体重をかかとにかけて左右にグリグリ回すのだ。後ろから「イッ!」という声が聞こえるが、決して大声を出すことも文句を言うこともない。自分が悪いとわかっているからだ。私の臀部に置かれていた手はすぐに引っこんだ。

痴漢行為は満員電車でなくても行われる。それほど込んでいない電車のドア付近で立っていると、胸に何かが当たるのを感じた。私の斜め前には中年の男が手摺にもたれて腕組みして立っていた。窓から外を眺めている。傍目から見ればその男に怪しい素振りはなかった。しかし私の胸には依然として何かが当たっている。その何かは物ではないと思った。温もりを感じたからだ。男の腕組みしている辺りをよく見ると、片方の手がもう片方の腕に隠れて見えづらくなっているが、指先をぴんと伸ばし、先端が私の胸に当たっていた。私は男を睨みつけ、「ちょっと、何やってるんですか?」と思い切り軽蔑をこめて言った。男は視線を遠くに向けたまま、スーっと手を引っ込めた。

また座席に座っていても触られることがある。太ももになにやら温かいものを感じて見ると、隣に座っている男のコートが私の太ももに半分被さっていた。コートの下に男の手があり、私の太ももに置かれている。いくらコートで隠したって手があることは感触でわかるものだ。こんな見え透いた手を使って人の体に触ろうとする男の動物的な脳ミソにはほとほと呆れる。私はこの時は一言もしゃべらなかった。ただ軽蔑を込めたまなざしで男の横顔をマジマジと見つめ、「チッ!」と舌打ちした。この時も相手は私と視線を合わすことなく、そーっと手を引いた。

このように、大抵の痴漢は大きな声を出して「この人痴漢です!」とか「助けて下さい!」などと大袈裟にせずとも行為をやめてくれる。穏やかに「触るのやめてもらえませんか?」と言うだけでも、周りの人が(あ、コイツ痴漢なんだ)とわかるので効果的だ。相手が認めず逆ギレしたとしても「そうですか、あなたじゃなくて他の人だったかもしれません」と言えばいい。周りの目があるから絶対にあなたの体に触れることはできないはずだ。勇気があれば大声で助けを求めるのもいいが、冤罪だけはあってはならない。身に覚えのない罪に問われて人生を滅茶苦茶にされる人もいる。大声を出す時は犯人が誰なのかをちゃんと確認してからの方がいい。

友人のY子は頻繁にストーカーに後を付けられるそうだが、ある時、突然振り返ってストーカーに向かっていったところ、ストーカーは慌てて不自然に方向転換して逃げて行ったそうだ。弱くて何も抵抗できないだろうと思い込んでいた相手が予想に反して向かってくれば、痴漢にしろストーカーにしろ、相当怖いはずだ。何といっても自分のやっていることは犯罪であり、警察に捕まれば人生を台無しにしてしまうとわかっているからだ。

だから痴漢を恐れる必要はない。卑劣な犯罪者に自分勝手な楽しみを許すべきではない。女は弱くないし男より劣っているわけでもない。女が何も抵抗できず男の意のままになると思うのは大間違いなのだと思い知らせてやろうではないか。

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