スローライフで健康に

人間

職場の定期健診で毎年要精密検査という結果になる。胸部レントゲンで縦隔腫瘍なるものが写っているらしい。私は日頃健康に気を使っている方だが、生きることにあまり執着はないので病気になったらなったで仕方ない、放っておこうと思っていた。しかし上司が珍しくおっかない顔をして「精密検査を受けてください」と言うので、観念して近所の比較的大きい病院に行った。そこで検査を受けられると思ったのだが、医者は市立病院へ行くよう勧め、紹介状を書いてくれた。市立病院はあまり評判が良くなかったがとりあえず行って検査を受け、後日CT画像を受け取ってまた近所の病院に戻った。

 画像を見た医者は「縦隔腫瘍は大したことないんだけど、胸にしこりが…」と言う。私は全く予期していなかった言葉に驚き、「乳がんですか?」と尋ねた。医者は「まだ分かりませんが、エコー検査をしましょう」と言った。横になってジェルを塗られた胸にバーコードリーダーみたいな機械を当てると、モニターに私の胸の中の映像が映る。この映像を二人の医者が見て、小声で「ブレストキャンサー…」「この形状、間違いないよね」などと言っている。英語を使えば患者に分からないと思ったのかもしれないが、こんな簡単な単語ぐらい私だって分かる。(そうか、乳がんに間違いないのか…)

 この時の私の心境は自分でも不思議なくらい冷静だった。他人事みたいに怖くも悲しくもなく、むしろ初めての経験にちょっとワクワクしたぐらいだ。しかしその頃は福千代がまだ健在だった。福千代を残して死ぬわけにはいかない。福千代を看取った後ならいつ死んでもかまわないが、とりあえず今は治さなければと思い、がんセンターへ紹介状を書いてもらった。

 がんセンターに行くまでの間、食事療法で末期ガンを治した人が書いた本を買って読んでみた。その本には体温を上げることや食事を玄米菜食に変えることなど、たくさんの有益な情報が書かれていたが、私が一番気をつけなければならないと思ったのは食品添加物を避けることだった。

 私は仕事帰りにスーパーに寄り、よく半額になったお惣菜を買っていた。夜帰宅してから何品もおかずを作る気力はなく、スーパーのきんぴらや唐揚、ほうれん草のごま和えなどは本当にありがたかった。夕飯だけでなく、翌日の昼の弁当にもしっかりこれを入れた。総菜を買ってくれば一回の食事で野菜を2品以上食べることができるので栄養のバランスが取れていると思っていた。しかも夕方に行けば半額なのだ。材料を買って自分で作るのとそれほど変わらないので経済的だ。

 しかし容器の裏に貼ってあるラベルを見ると、酸化防止剤、ph調整剤、着色料など、かなりの添加物が入っていることがわかる。総菜だけではない。お菓子も飲み物も調味料にも、スーパーにある食品のほとんどに添加物が入っている。野菜や穀類は農薬まみれ、肉や養殖の魚も生前は抗生剤がたっぷり入った餌を食べている。安心して食べられるものなど本当にわずかだ。

 聞いた話だが、コンビニの弁当工場で働いていた人はその危険性をよく認識しているので、自分はコンビニ弁当を絶対食べないと言っている。農家のご主人は出荷するものには大量の農薬を使っているので自分と家族は食べないと言う。食べ物ばかりではない。ひと昔前と比べて何倍にも増えている電磁波もガンとの関係が疑われている。

 こんな環境で暮らしていればガンにならない方が不思議だ。今や日本人の2人に1人がガンになると言われている。きっとまだまだ増えるだろう。4人に3人がガンになる時代が来るかもしれない。

 有害なものを100%避けることはできないが、意識していれば多少ともリスクは減らせる。値段は高いがオーガニック野菜をなるべく買うようにするとか、手作りを心がけるとか… 昨今、数ある有害な食品の中でも特にパンの危険性が指摘されている。海外では使用禁止になっているトランス脂肪酸や危険な添加物が多く含まれているからだ。

 しかしパンを全く食べない生活は味気ないので試しに自分で作ってみることにした。素人なので絶対においしくはできないと思っていたのだが、これが案外いける。不思議だったのは通常のプチパンサイズのものを1個食べただけで満腹になったことだった。今までだったら2個食べていたのに、1個で十分なのだ。持った感じも、手作りの方がずっしり重い。別に膨らみが悪いわけではない。ちゃんと膨らんで硬くもなく、中はモチモチだ。調べてみると、国内の有名メーカーが製造しているパンに含まれている臭素酸カリウムはパーマ液の第二剤に使われているもので、これを使えば少ない小麦粉で大きく膨らみ、その形を維持できるそうだ。臭素酸カリウムには発がん性があるので他のメーカーは使用していないが、同様の効果がある別の添加物を使っていても不思議はない。少ない小麦粉で大きく膨らめば儲けが多くなるし、消費者はフワフワの食感を喜ぶだろう。

 パン作りはやってみると思っていたほど大変ではない。昔の人は毎日自宅でパンを作っていたのだ。私の大好きな「大草原の小さな家」のドラマでも、キャロラインも村の主婦たちも毎日パンを捏ねて焼いている。家族の着る服を手縫いで作らなければならない、洗濯機がないから手で洗濯しなければならない、大抵の移動は歩きという、何もかも今とは比較にならないほど時間を取られる生活だったというのに… 

 日曜日の午前中Eテレで放送している「365日の献立日記」という5分間の番組を観るのが最近の楽しみだ。女優の故沢村貞子さんが26年半毎日続けた献立日記をもとにそれを再現するのだが、私が一度も作ったことのない、買ってくるのが当たり前、もしくは“~の素”を使って半分だけ作るのが当たり前だったものを全て最初から作っているのに、私は感動してしまった。女優業という、かなり忙しかったであろう仕事の傍ら、手間のかかる料理を毎日作っていたことには本当に感服する。私にはなかなか真似ができないが、そうなれたらいいなという憧れがある。あの番組を観るようになってから、仕事を辞めてほとんど家にいることもあって、私は麻婆豆腐やお赤飯、あんこ、ミートソースなどを最初から作るようになった。味はイマイチだが、食品添加物が相当減らせて満足している。パンを作ろうと思ったのも、あの番組の影響が大きい。

 手作りは時間がかかる。しかしなぜか心にはゆとりが生まれる。丁寧な生活をすることが何とも人間らしい気がして嬉しい。今は急須でお茶を入れる人が減って、家でもペットボトルのお茶を飲む人が増えているそうだ。しかしそのお茶にも合成ビタミンという添加物が入っているということに私は最近まで気がつかなかった。ビタミンというと体によさそうな響きがあるが、天然のビタミンではなく“合成“なのだ。世の中便利になったが、その陰には大量の食品添加物がある。自分で作るという手間を省いてくれるものは実は健康という一番大切なものを奪っているのかもしれない。医学は確実に進歩し、昔は不治の病と言われたガンもかなりの確率で治せる時代だ。だからといってガンになる人間が増えてもいいというわけではない。医者は儲かっていいかもしれないが。

 がんセンターで初めて診察を受けた時、CT画像を見て女医さんは「これ、違うんじゃないかな」と言った。その後色々検査してガンでないことが確定した。手術の時、福千代をどこで預かってもらおうかと悩んでいたのでホッとしたが、「ガンに間違いない」と言った近所の医者の何といい加減なこと。考えてみればこの病院は紹介状を書くだけでろくに検査も診察もしていない。随分お気楽な病院だ。まあ、おかげで食生活を見直すきっかけにはなったが。

タイトルとURLをコピーしました