医者と納豆

人間

 結局ガンではなかったが、近所の医者がガンだと言うので静岡がんセンターに数回通った。だれしもそうだと思うが、私は病院、特に大きい病院というものがあまり好きではない。そもそもが楽しい場所でないうえに、診察も検査も会計も非常に長く待たされるのは苦痛だ。もちろん最初からそれは分かっているので文庫本などを持参していくのだが、あまり長いとやはりうんざりする。

 しかしがんセンターだけは行くのが少し楽しみだ。この病院では受付時に呼出受信機というものを貸し出され、順番が近づくとメッセージが来るので、それまでは広い病院内をウロウロできる。最上階には展望レストランがあり、富士山を眺めながら食事を楽しめるし、図書館もあるので本や新聞を読むこともできる。

 私は十数年前、父の付き添いで来た時にここの図書館で『のだめカンタービレ』を借りて読んだ。『のだめ』はドラマを見て好きになったのだが、原作のマンガを読んでみたいとずっと思っていたので、図書館でこれを見つけた時はすごく嬉しかった。父が退院したため最後の数巻は読めなかったが、4冊だけだったので本屋で買って全巻を読むことができた。

 ホールから自由に出入りできる広大な庭園には、噴水のある大きな池や見事なバラ園があり、ゆっくり散策すると結構時間をつぶせる。しかし私が行った時は夏だったのでバラも見頃を過ぎ、日差しが強くてあまり長い時間外にいることはできなかった。

 日傘を持ってくればよかったと思いながら中に入ってお茶を飲んでいると、ちょうどお昼時だったので売店で弁当を買って戻る医師達を数人見かけた。彼らが持っている半透明の袋を見ると、弁当とおぼしきものの上に納豆のパックが乗っていた。(えっ、お昼に納豆?)と少し驚いた。小さいカップの納豆ではない。50グラムぐらい入った四角いパックが3つ束ねてある、一般的なあの納豆パックだ。

 私は納豆が好きで子供の頃からよく食べている。しかしさすがに職場で納豆を食べたことはない。あれを食べれば部屋中が臭くなり、周りに迷惑をかけてしまう。

 しかし売店で納豆を買った医師は一人ではなかった。売店から出てきた医師を私は大勢見たわけではない。数えてないが20人もいなかったと思う。そのうち3人が納豆を買っていたのだ。いくら健康に良いとはいえ、職場で納豆を食べるのは相当勇気がいるはずだ。それが普通に食べられるのは納豆を食べる人が決して少数派ではないということになる。あの強烈な匂いを遠慮せずに食べられるほど、納豆を食べる人が多いのだ。

 それにしても一度の食事で3パック全部は食べられないだろう。残り2個は冷蔵庫に入れて次の日に食べるのかもしれない。がんセンターの冷蔵庫を開ければそこには常に納豆が入っていて、それぞれの所有者の名前が書かれた付箋が貼ってあったりするのだろうか。それとも納豆を食べたい人が3人集まった時に買うことになっているのか… 「納豆にはやっぱネギだよねー」と刻んだネギをタッパーに入れてくる女医が絶対一人はいるだろう。ほかの先生方にも「よかったらどうぞ」なんて言って回したりして… 

 納豆はガンに効くと昔から言われているが、ガンの専門家たちがこうして昼間から食べているのを知ると、本当に効果があるのだと実感してしまう。やっぱりスゴイんだ、納豆って… これからも定期的に食べていこう。安くて栄養があっておいしくて、しかも血栓を溶かしガン細胞までやっつけてくれる… 納豆は最強の食べ物だ。人類で最初に納豆を食べた人の勇気に心から感謝したい。

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