生まれつき目が見えない人がいる。生まれつき体の一部が欠損している人がいる。その人たちに健常者と同じ行動ができないと非難する非情な人間はまずいないだろう。むしろ助けが必要なのではと自分にできることを探すのが普通だ。
しかし同じように先天的な障害を持っているのにそれに気づかず、「あなたはどうしていつもそうなの?」「なんでこんな当たり前のことができないの?」と残酷な言葉を口に出してしまうことがある。私はつい最近これをやってしまった。
家を新築して半年以上たつが、庭はほとんど手を付けていなかった。引っ越して1か月もたたないうちに福千代が亡くなり、失意のなか新型コロナでますます家に籠るようになり、何もしない日が何日も続いた。しかしいつまでも庭を荒れ果てた状態にしておくわけにもいかず、きれいな花をたくさん植えれば少しは心が晴れるだろうと、ネットで造園屋を探して見積もり依頼をした。
やってきたのは丸刈りで童顔の男の子。名刺にはIという名前の前に代表と書かれている。高校生ぐらいに見えるが、代表というからには30代かもしれないと思った。最初は複数の業者に見積もりを頼む予定だったが、この造園屋が非常に安く、しかもすぐやってくれるというので速攻で決めてしまった。この決定を後悔するのにそう時間はかからなかった。
家がある一帯は石が非常に多く、植栽をするためには土を入れ替えねばならなかった。しかし工事初日Iさんはユンボで土を掘り起こしたあと、土を搬出することなく、そのままユンボを何往復もさせて地面を固めてしまった。私が「土を入れ替えるんじゃないんですか?」と聞くと、Iさんは「完全に入れ替えると水はけが悪くなるので他の土と混ぜることにしました。植栽する所の石はなるべく取り除きますから」と言った。石を取り除くのであればまあいいけど、土を入れ替える契約をしたのに勝手に変更して、しかも申し訳なさそうな様子を全く見せずにしゃあしゃあと言ってのけるとは随分非常識だと思った。
次に驚いたのがレンガだ。私は「角が少し欠けているぐらいはしょうがないけど、ちゃんと四角い形のものにして」と言ったのに、「こんなのが来ちゃったんです~」と言って見せたのは、角がボロボロに欠けてもはや四角とは言い難くなっているものがチラホラ見受けられるアンティークレンガ。「冗談じゃない、これは私が絶対いやだって言ったレンガじゃない。これじゃ困る」と私が言うと、「ほんと、これじゃ詐欺ですよね~、訴えてやるって言ってやりましょうか」とレンガを販売した業者を非難する。スマホの小さい画面だけ見て注文した自分には一切責任はないといった風情だ。結局返品を断られたというので、私が気に入らないレンガを我慢するということになった。
工事は長くて2週間だと言われたが、2週間が過ぎても半分も出来ていなかった。私がそのことに触れると、少しも悪びれることなく「そうですね~あと2週間はかかりますね~」と他人事のように言う。レンガの時もそうだったが、一言の謝罪もない。2週間で終わるという言葉を信じるほうがおかしいんじゃないの?といった感じだ。
お隣との境に設置した塗り壁が完成したので見てみた。家の中からだとよく分からなかったが、近くで見るとモルタルの塗り方は“どうしたらこんなに雑に塗れるの?”っていうぐらいひどく、壁の上と窓の下に敷いたレンガは不揃いだ。飛び出したものがあったり曲がっていたり、レンガ間の目地は真ん中だけに汚く入れてある。あまりのひどさに文句を言うと、「私どもはこれまで何十件も施工させていただきましたが、これまで一度もクレームを受けたことがありません。◯◯建設さん(家を建ててくれた建設会社)ともこんな風にもめたんですか?」などと私をクレーマーのように言う。結局私は◯◯建設さんに左官職人を連れてきてもらってやり直したのだが、その職人さん曰く、「こりゃ、ひっどいねー。素人がやったんでしょ?」私は言った。「素人だってもっときれいにやりますよ」
万事が万事こんな感じだった。真っ直ぐ立てるべきものが曲がっている。やり直してもらってもやっぱり曲がっている。工事代金に含まれているはずのアーチの設置費が別料金だと言い張る。新品のはずの立水栓の蛇口をきつく締めてもポタポタ水漏れする。「経験豊富なうちのレンガ職人」という触れ込みの職人さんは本人が言うには「レンガをやったのは今回が初めてなんです。こんな感じでいいのかなぁと自分なりの方法でやってみました」「私はあそこの職人じゃないんで社長(Iさん)のことはよく知らないんです。頼まれて来てるだけなんで」ということだ。
開いた口が塞がらなかった。言う事は二転三転するし、やりたいことだけしかやらないが、それもうまくいかないと途中で放り出す。失敗を決して認めず、「そんなこと後から言われても困ります。どうしてその場で言わなかったんですか?」と逆切れする。職人が作業する間、私がずっと後ろに立って「雑にやらないで、丁寧に塗って」とか「そこ、水平になっていない」とか言うべきだったとでもいうのだろうか。
9月で終了するはずが11月末でも終わらず、すったもんだの末、もう手を引きたいと言ってきたので別の業者を探さなければならなくなった。
家が完成してすぐの頃、一度近所のIKという造園屋さんに来てもらったのだが、そこは非常に人気があり、やるとしても半年以上待たなければならないと言われたので、その時は断念した。しかし今ならそれほど待たなくてもいいかもしれないと思い、電話してみた。
翌日やってきたIKの社長はIさんのことをよく知っていた。驚いたことに、社長はIさんのおじいさんに頼まれてIさんをIKで1年半修業させていたらしい。社長はIさんのことを色々教えてくれた。
発達障害のため小中学校は特殊学級に通い、高校には行かなかったこと、IKで修業していた間も問題を起こすので追い出されたこと、会社を経営する父親の支援で造園業を始めたものの、素人を集めてずさんな工事をするのでトラブルだらけだということ、詐欺まがいのことをするので社長とも絶縁したことなど。
私はIさんがきちんと仕事の段取りができず、大事なことを何回言っても忘れてしまうことから、もしかしたら何かの障害があるのではと思ったが、やはりそうだった。その事実を知るとあまり責めることもできなくなった。
発達障害がある人がみんな嘘をつくわけではない。もしかしたら障害がなかったとしてもIさんは嘘つきだったのかもしれない。しかし周りの人間が障害にあまり理解がなく、成長の過程でつらいことをたくさん経験し、自分を守るために嘘をつくことを覚えたのだと考えられなくはない。本人しか知りえないことなのでこんな推測は無意味かもしれないが、障害を持たずに生まれてきた子供より多く苦しんできたことは間違いないだろう。本人も、親御さんも。
私はIさんに障害があるかもしれないと思いながら、第三者からはっきりそうだと教えられるまではIさんの言動に強い憤りを感じ、それを態度に表してきた。何という心の狭さ。市内に数十ある造園業者の中からIさんと関わりが深かったIKを選んで電話したのは本当に偶然だった。もし別の業者を選んでいたら、私は何も知らずにIさんを罵倒し続けたことだろう。恐ろしいことだ。私のような人間が彼をますます追いつめていったのかもしれない。
私が10月までには絶対に終わらせろと気炎を吐いた後、少し人数を増やして作業が進んだのでそのことを感謝すると、彼は工期が遅れたことを初めて謝罪した。また「何もなかった庭がきれいになったことはありがたいと思っている」と伝えると、これまでになかった素直さで「お客さんに喜んでもらうのが一番嬉しい」とも言った。彼は褒めれば伸びるタイプかもしれない。時には厳しく叱ることも必要だが、一番大切なのはやはり愛と理解なのかと思った。
発達障害の人は多分統計よりもずっと多い。本人や周りも気づいていないケースが相当あるだろう。どこで線引きするのかも、果たして線引きができるのかどうかさえ分からない。そもそも脳が完全に機能している人なんているのだろうか。誰にでも苦手なことがある。数学は得意だけど歴史は苦手、記憶力が優れていても人の気持ちを理解できない等々… それは脳のどこかがうまく機能していない結果だ。今は特に問題を感じていなくても、将来認知症という形で脳の機能障害になる可能性は誰にでもある。みんな同じだ。ただ程度が違うだけで。
もし神様という存在があって人間の差別や偏見を見ていたら、きっと目糞鼻糞を笑っていると思うことだろう。クソ同士でいがみ合うのは醜くバカらしい。しかしたとえクソでも互いに助け合う姿はきっと美しいに違いない。