先日下着を入れてある引出しを見てパンツが1枚なくなっているのに気がついた。ピンクの無地でレースがたっぷり入ったものだ。洗濯した時に風で飛んで行ったのかとも思ったが、そんな強風はここの所吹いていない。とするとどこか間違った場所にしまいこんだかとあちこち探したが見当たらない。まさか下着泥棒? いやいや、こんなおばさんのパンツなんて盗む物好きはいないだろう。それに洗濯物を干している場所にはそう簡単に忍び込めないはずだ。いったいどこに行ってしまったのか… そういえば以前にもこんなことがあったなと遠い昔の記憶が蘇ってきた。
若い頃、もう30年位前のことだが、私は一度パンツを盗まれたことがある。震度4で全壊しそうなM荘に住んでいた時のことだ。アパートの廊下に干していた洗濯物を取り込むと(アパートの住人は私だけなので廊下に堂々と干すことができた)、パンツが2,3枚なくなっているのに気がついた。風で飛ばされたと思って近くを探したが見つからない。遠くまで飛ばされたのなら、発見した人が所有者を特定することもできないから恥ずかしい思いをしなくて済むし、まあいいやと諦めた。どうせ古くなっていたので惜しくはなかった。
1ヶ月ぐらいたった頃、ポストにA4サイズの封筒が入っていた。宛名も差出人の名前もない。郵便局で配達されたものではなく、誰かが直接持ってきたようだ。開けてみると手紙と一緒に新品のパンツが10枚入っていた。下着泥棒からだった。手紙には私のパンツを盗んでしまったことの告白と、あまり古い下着を身につけるのは良くないという助言、これからも時々下着をプレゼントしてもいいかという質問が書かれていた。泥棒のくせに被害者に説教を垂れるとは図々しいと思いながらも、同封されていたパンツはみなかわいいもので、派手過ぎず、かと言って地味でもなく適度にレースなどがついた品の良い物だったので悪い気はしなかった。10枚は多いので半分は友人におすそ分けした。
その後2回ほど10枚入りのパンツが届いたが、パンツばかりこんなにもらっても嬉しくないし、あまり吟味せず買うようになったのか、センスのいいものが少なくなってきた。現金ならいくらもらっても構わないがパンツがたくさんあっても困るのでお断りすることにした。大きい字で「下着泥棒さんへ パンツはもう結構です。ポストに入れないでください」と書いたものをポストの上にしばらく貼っておくと、もうそれきり来なくなった。今となっては懐かしい思い出だ。
今回も盗まれたのだろうか。道路から洗濯物は見えるし、車がなければ留守だということが一目瞭然なので不可能ではないが、そんな酔狂な人がいるものか… 少し気にはなったがやはり購入して年数がたっているので、なくなっても全然惜しくはなく、ほとんど忘れかけていたある日、思いがけない所から出てきた。洗濯ネットを入れてある引出しの中でネットとネットの間にはさまれていたのだ。夕方、薄暗い室内で電気もつけずに洗濯物を片付けていたのでうっかりネットと一緒にしまってしまったらしい。な~んだと笑いながら迷子になったパンツをつくづく眺めてみると、ゴムが少し伸びてくたびれた感じがする。あの下着泥棒の言葉が思い起こされた。「あまり古い下着を身につけるのは良くない」と…
私はあまり着るものには頓着しない方で、特に下着はヨレヨレになるまで着ている。パンツなどは破けたり、ゴムが伸びてずり落ちるようになって初めて新しいものと交換する。たぶん風水か何かではヨレヨレ下着はNGなのだろうと思う。わかっていながら誰に見られることもないのでついつい古いものをはき続けてしまう。もしかして今回の紛失事件は神様からの警告か?「こんな古いパンツを履いていると運が悪くなるぞ」というメッセージ? つまらないうっかりミスを気宇壮大な妄想に膨らませてしまったが、やはり年内に全てのパンツを一新する決意をした。正確には覚えていないが、どれも5年以上は使用しているはずだ。新しい下着で新しい年を迎えればきっと気分も晴れ晴れして運も向いてくるだろう。
30年前の下着泥棒に少しだけ感謝したい気分になった。