強運体質になるために

人間

私はナポレオンがあそこまで出世できたのは最初の妻ジョゼフィーヌのお蔭だと思っている。もちろん本人に軍事的才能もあった。しかしいくら才能があっても世に認められず埋もれてしまう人は多い。栄光を手にするためには才能と努力だけでなく、強力な運がなければならない。

ナポレオンと出会った時ジョゼフィーヌは当時の権力者バラスの愛人だった。しかしすでに30を過ぎて容色は衰え始め、浪費家で金がかかるので、バラスはジョゼフィーヌと別れることを考えていた。そして彼女の親友で彼女より10歳若いタリアン夫人を新しい愛人に迎えたかったので、ナポレオンがジョゼフィーヌに夢中になっていると聞くと、ここぞとばかりに彼女にナポレオンとの再婚を勧める。バラスの心変わりを悟ったジョゼフィーヌは別れてやるかわりに夫となるナポレオンにそれなりの地位を与えることを約束させた。

かくしてナポレオンはイタリア方面軍総司令官となり、結婚式の2日後イタリアに向けて出発する。破竹の勢いで進軍し連戦連勝、一躍フランスの英雄となった。そしてあれよあれよという間にフランス皇帝となり、さらに周辺国を征服して自分の兄弟や部下を国王に据えた。

この世の栄光の全てを手に入れたかのように見えたが、ナポレオンには後継ぎとなる実子がいないという悩みがあった。ジョゼフィーヌには前夫との間に二人の子供があったので、子供ができない理由は自分にあると思っていた。ところがポーランドの愛人マリア・ヴァレフスカが妊娠したことから、自分に子供を作る能力があることを知ったナポレオンはジョゼフィーヌと離婚し、ハプスブルク家の皇女マリー・ルイーズと再婚する。

まもなく悲願の息子が誕生したが、本人が後に認めるようにこの頃からナポレオンの没落は始まる。ロシア遠征の失敗、ライプチヒでの敗戦、退位、エルバ島への流刑……

ジョゼフィーヌと結婚してツキが回ってきて、ジョゼフィーヌと離婚したら運に見放された。これはただの偶然だろうか。その答えを知るために彼女の人となりを見てみよう。

ジョゼフィーヌはフランス領マルティニック島の出身で、貴族とは名ばかりの貧しい家に生まれた。本土の貴族と結婚して子供を二人設けたが、夫からは教養のない女だとバカにされ、夫婦仲は悪かった。フランス革命が起きると夫とともに投獄され、夫は処刑されたがジョゼフィーヌは直前でクーデターが起きたために処刑を免れる。

ジョゼフィーヌの肖像画
ジョゼフィーヌ(1763-1814)

彼女は肖像画を見てわかるようにそれほど美人ではなく、バラスによると虫歯だらけで健康な歯は1本しかなかったという。前夫があきれるほど教養もなかったが、なぜか社交界の華ともてはやされ、金持ちの愛人となって贅沢に暮らしていた。大変な浪費家で借金だらけなのに贅沢がやめられないというツワモノで、金欠になると高価な銀食器を売り払ってしまったが、家に人を招く時はいつも隣の家から銀食器を借りてきたらしい。その派手な暮らしぶりを見てナポレオンは最初ジョゼフィーヌが大変な資産家だと思っていた。しかし実情は使用人への給料も支払えず、それどころか使用人の親戚からも借金をしていたというのだからあきれる。しかし使用人は給料を払ってくれない女主人のもとを去ろうとはしなかったようだ。マルティニック島にいた時ジョゼフィーヌは使用人の子供たちを対等に扱い、仲良く遊んでいたという。当時の貴族社会に見られた特権意識や高慢さをおそらくジョゼフィーヌは持ち合わせていなかったのだろう。だから使用人にとってジョゼフィーヌの館はただ働きをいとわないほど居心地が良かったのだと推察できる。

彼女の大勢いた愛人の中にバラスがいる。バラスは当時フランスの実質的な支配者だった。ジョゼフィーヌにとっては決して逃してはならない大事なパトロンだ。しかし彼はジョゼフィーヌをナポレオンに押し付け、自分はタリアン夫人を新たな愛人にしてしまった。親友に男を取られたのだ。韓国ドラマならドロドロの愛憎劇になりそうだが、ジョゼフィーヌはそんな些細な事は全く意に介さなかった。タリアン夫人とはそれまでと同様一緒に出かけたりナポレオンから来た手紙を見せたりして、親密さは変わらなかった。

またナポレオンがマリー・ルイーズと再婚した後、ナポレオンの元愛人マリア・ヴァレフスカが帰国の挨拶にジョゼフィーヌを訪ねてきたが、ジョゼフィーヌは彼女に対し非常に親切だったという。マリアが妊娠したせいでジョゼフィーヌは離縁させられたのだから、「どのツラさげて来たのよ」と冷たく追い返しても誰も非難しないだろう。中国ドラマなら板打ちにするところだ。しかしジョゼフィーヌはマリアを全く恨むことなく優しくもてなしたので、「罵倒された方がよっぽどましだった」とマリアは思ったそうである。

そう、ジョゼフィーヌは人を憎んだり恨んだりすることが全くないのだ。これは努力してもなかなか身につけられない特異な性質だ。どんな善人だって自分の幸せを奪った人間を簡単に許すことはできないだろう。「あんたのせいで…」「こいつさえいなければ…」というネチネチした感情はかなり長く心に居座るものだ。

そして彼女は先のことをクヨクヨ考えない。贅沢したければ贅沢する。お金がなければ借りればいい。どうにかなるさと屈託なく笑っている。心にモヤモヤしたものがないのだ。この極度の楽観主義とおおらかさが類まれな幸運をもたらしたような気がしてならない。彼女にはタリアン夫人のような美貌もスタール夫人のような賢さもない。あるのはただ恨んだり憎んだりすることを知らないおおらかな心だけ。しかしこの性質こそが、本人だけでなく周りの人間にも影響を及ぼすほど強い運を引き寄せる鍵だったのではないだろうか。

ジョゼフィーヌはナポレオンと離婚した後も皇后の称号を許され、いくつかの宮殿や館と一生贅沢できるだけの年金を与えられた。それにナポレオンが親しい友人として頻繁に訪ねてきたので寂しくはなかったようだ。また世界中からバラを収集し、人工交配で新しい品種を作るなどして充実した日々を送っていた。バラの歴史におけるジョゼフィーヌの功績は大きく「現代バラの母」と呼ばれているほどだ。貧乏貴族の家に生まれた何の取り柄もない女性がフランスの皇后にまで上り詰めて、離婚後も贅沢で自由な暮らしができたのだから、やはり幸運に恵まれた人生だったと思う。

強運を引き寄せるためにはジョゼフィーヌを見習わねばならない。人を憎まない、恨まない、いつも陽気でクヨクヨしない。世の中の人がみんなこうなったら、さぞ平和で住みやすい世界となるだろう。あ、でも、頻繁に浮気して、それを隠すために嘘ばかりついてるなんてことをみんなが真似したら…… 

ジョゼフィーヌのすべてをお手本にしてはいけないかもしれない。

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