気づかいをする猫

福千代は好戦的だった。視界に入った猫にはことごとく因縁をつけ、相手が平和を求めてその場を立ち去ろうとしても、しつこく追い回して派手な喧嘩をする。猫の世界ではかなり嫌なヤツだったと思う。

前述の動物病院の看板猫ハナちゃんが「どこがお悪いの?」と福千代のキャリーケースを覗くと、鼻にしわを寄せて「シャー‼」と威嚇する始末。相手が女の子でも容赦ない。去勢手術はとっくに済ませているのに、なぜこれほど気が荒いのか理解できない。

しかし人間に対してはとても優しく穏やかだった。歯磨きや爪切りなどの嫌なことをされても、私の手を噛んだり引っかいたりしたことは一度もなかった。病院で痛い注射をされても、もがいて唸るものの、体を抑えている病院のお姉さんに咬みつくようなことは決してなかった。そのため病院では「良い子だね」と言われた。

しかし福千代の偉いところは、単に人に危害を加えないというだけではない。人に“気づかい”をするのだ。

福千代が家に来て初めての正月、私は福千代を連れて実家に帰った。久しぶりにのんびりできるので、福千代とたっぷり遊ぼうと、猫じゃらしやネズミのおもちゃなどを持って行った。私の両親も猫好きなので、猫じゃらしを振ったりして遊んでくれた。

遊び盛りの福千代はひらひら動く猫じゃらしを夢中で追いかけ、どたばた走り回り、見事なジャンプを披露した。千歳もそうだったが、福千代の遊びはかなり激しい。野生の本能全開で、全身全霊で獲物(おもちゃ)に挑むのだ。途中で何度もおもちゃから離れ、くずかごなどの物陰に隠れて、身を低くしてこちらをジッと見ている。姿が丸見えなのだが、福千代は隠れているつもりだ。そしてカッと目を見開き、腰を左右に振って、すごい勢いでおもちゃに飛びかかる。草むらに隠れたライオンがシマウマに襲いかかるような感じだ。

腹をすかせたライオンは、狩りに失敗すれば数日間食事にありつけないことがある。妻や子供もお腹をすかせているかもしれない。狩りに成功するか否かは死活問題なので、せっかく見つけた獲物を逃がさないよう、慎重な行動が要求される。襲いかかるタイミングが重要だ。

福千代もライオンに劣らず慎重である。物陰から身を乗り出しておもちゃを見ては、まだだと再び隠れる。しかしいつでも飛び出していけるよう、左右の後ろ足をふんばって、筋肉を最善の状態に調整している。やがて我慢できなくなり、猛ダッシュでおもちゃに襲いかかる。

母の手から猫じゃらしを奪い取ると、福千代は少し離れた場所に移動して、ゴロンと横になった。先端の鳥の羽を口にくわえて柄の部分をキックしたりしている。

興奮が少し冷めると、猫じゃらしを引きずって戻ってきた。猫じゃらしを口にくわえた格好で、福千代は母を見上げた。次にゆっくり首を左に向けて、父を見た。そして父の方に歩いていって父の前に猫じゃらしを置いた。遊ぶ相手が一人に偏らないよう、交互にしたのだ。父と遊んだあとは再び母の所に猫じゃらしを持って行った。

福千代にはこんな一面もあったのかと私も驚いた。理性がぶっ飛んだように遊びに夢中だったのに、実は非常に冷静に、両親の気持ち、そしておそらく私の気持ちを考えていたのだ。まだ1歳にもなっていないというのに、この細やかな気づかい… 知れば知るほど猫は不思議で愛おしい。

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