地方の会社は首都圏とかなり違う

人間

移住して1年近くが過ぎた。比較的近所の土木会社で事務員を募集していたので面接を受けた。面接をしたのはKさんという定年間近の経理の男性で、経営者の身内でも役員でもない平社員だったので不思議に思った。このような小さい会社では面接するのは大抵社長か社長の奥さんなのだが。Kさんの話だと、今まで勤めていた事務員が寿退社したということで新しい人を募集したらしい。会社に問題があって辞めたわけではなさそうなので少し安心した。

「これが仕事内容です」と言って渡された紙には、箇条書きで事務所とトイレの清掃、ごみ捨て、ポットに水を入れて湯を沸かす、10時と3時にお茶を入れる、茶碗を洗うなどと書かれていた。私はあっけにとられた。雑用がメインだ。まるで昭和半ば頃の会社ではないか。女にはお茶くみしかできないと思っているのか。事務員らしい仕事としては出勤簿をつけるとか、Kさんがまったくパソコンができない人だったので、月に1回ある会議の時の財務関係の資料をKさんに代わって数字だけ入力して印刷することぐらいだった。どうりで給料が安いはずだ。しかし選り好みができる状況ではない。失業手当はすでに打ち切られ、貯金を取り崩して生活していたので、ろくな仕事じゃなくても給料が安くても、そこに決める以外なかった。

2階にある事務所にいるのは会長の奥様とKさんと私の3人だけだった。会長は数年前に引退しているので、会議には出席するが普段はいない。自宅と会社がすぐ近くだったので散歩の途中でたまにぶらっと顔を出す程度だった。その息子である社長も千葉に在住しており、普段は千葉の支社にいるので会議の時以外は来ない。営業や現場で働く人達はほとんど外に出ており、いたとしても1階の事務所にいるので顔を合わせることもあまりなかった。

3人だけの事務所で静かにのんびりと働くのは悪くはなかったが、とにかく暇だった。取引先から電話がかかってきても、私は取り次ぐだけ。覚えることはほとんどなく、責任がないから楽ではあったが、やりがいが全くなかった。普通に仕事しているのはKさんだけで、会長の奥さんもあまりやることがないみたいで、窓の外を眺めておしゃべりばかりしていた。

千葉にいる社長が私と同い年なので、その母親である会長の奥さんは私の親世代ということになる。外見はいかにもお金持ちの奥様といった感じで、ブランドのバッグを持ち、おしゃれでお化粧にもスキがない。アイラインもマスカラもばっちりして、生え際の白髪など絶対に見せることなく、いつもきれいにしていた。華やかな服が多かったが変に若づくりしているわけではなく、小柄で可愛らしい顔立ちの奥さんによく似合っていた。

しかし仕事に関しては、取締役という重要な責任を果たしているとはとても言えなかった。彼女の話によると経理のKさんは私用で買った様々な物の領収書を会社に持ってきて経費で落としていたらしい。Kさんが通勤で使ったガソリンは経費になるが、ガソリンを入れる回数が倍ぐらいになった時があり、調べるとKさんが当時付き合っていた女性(Kさんには妻子がいる)がKさんのカードを使って入れていたらしい。この話を聞いた時、私は奥さんに「それ、Kさんに話したんですか?」と聞くと、奥さんは否定し、「でも会長には話したし、前にいた事務員さんにも話したし、み~んな知ってるんだから」と得意顔で言った。本人に話さなければ他の誰に言っても意味がないのだが。

彼女は私と二人だけの時はKさんの悪口を言い、私がいない時は私の悪口をKさんに話していた。私の悪口といっても、Kさんから聞いたところでは1階の事務所のゴミを1ヶ所だけ捨て忘れたという、くだらないことだった。直接私に言えばいいようなことだが、彼女にはそれを言う勇気がなかった。近所の人の噂話などは延々としゃべるが、肝心の事は言えない人だった。

月に一度の会議は男性のみが集まり1階の事務所で行われた。会長の妻であり取締役である奥さんも出席しない。最初にコーヒーとお菓子を出し、会議が終わるころにうな重を注文しておいた店に取りに行き、みんなに渡して奥さんと私もおみやげに持ち帰るというのが通例だった。ある時コーヒーを出して2階に戻ると奥さんがお饅頭を皿に取り分けていた。本来これも私の仕事なので、私が忙しそうに見えたから奥さんがやってくれたのだと思って皿をお盆に載せると「触らないで!」という意外な言葉が返ってきた。「これは会社のお金で買ったものじゃありません。今日のは私が自分のお金で買ったものなんです」と怒ったように言って下に降りて行った。社員に「これは私のお金で買ったのよ」と言いながら出すつもりなのだろうか。1階から戻ってきた奥さんは饅頭を乗せた皿を何も言わずに私の席に置いた。私は不愉快だったので饅頭には手を付けなかった。

夕方、うな重を取りに行かなければならない時間になっていたが、奥さんは私が怒っているのに気づいていたとみえて、私に取りに行ってと言うことができなかった。それで会議に出席している社員の一人を内線で呼び出し、私に聞こえない所に行ってヒソヒソと頼んでいる。しばらくしてうな重を積んだ車が到着すると、奥さんは下に降りて行った。私も後に続き、いつものようにうな重を会議の出席者に手渡していった。私の分も注文してあるので、いつもなら奥さんが私に渡してくれるのだが、その日はどうやらそれもできないらしく、私の分を若い社員に「若いんだから2つぐらい食べられるでしょ」と言って押しつけていた。私は腹も立ったが、それ以上に呆れてしまった。彼女が私を怒らせようとしてわざとやっているのではないことはわかっていた。ただ自分がヘマをして怒らせてしまった相手にどう接していいかわからないのだ。どんどん墓穴を掘っている。

会議があったのは金曜日で会社は土日が休み、月曜日に出社すると、奥さんが妙におとなしい。いつもは「奥さんがいるとおしゃべりの相手をしなければならないので仕事が遅れる」とKさんが不平をこぼすほどしゃべり続けるのだが、私にはもちろんのこと、Kさんにもほとんど話しかけない。オドオドした目で時々私をチラチラ盗み見ている。私は何だか気の毒になり、何事もなかったかのように奥さんに普通に話しかけた。すると彼女はたちまち元気になり、歌まで歌い始めてしまった。本当に子供のような人だった。

私は伊豆に移住してから簿記を学び日商簿記検定2級を取得していたので、Kさんが千葉支社の帳簿付けや財務諸表の作成などを私に任せてくれるようになった。暇で仕方がなかった私はやっとやりがいのある仕事ができたことを喜んだ。Kさんはあと1年ぐらいで退職する予定なので、後任を私にするよう、会長に話してみると言ってくれた。そうなれば仕事は面白くなるし、なにより給料はグッと上がるはずだ。手取り十万ちょっとの貧乏生活から抜け出せると思った。

だが地方の現実はそう甘くない。しばらくするとKさんから「会長に話してみたんだけど、経理は絶対男じゃなきゃダメって言われた」という悲しい知らせを聞いた。この会社ではやはり女はお茶くみ以上にはなれないのだ。会長の妻で取締役の一人である奥さんですら会議に出席することも従業員の面接もしないのだ。Kさんの話だと奥さんの仕事はごくわずかだが、それでも間違いが多いそうだ。女には仕事の能力がないのだと会長が思い込んでいるのも無理はないのかもしれない。奥さんばかりではなく、そのあたり一帯の女性が似たり寄ったりの可能性もある。私は地元の人と接するうちに、この地域の人たちはよそ者を受け付けないきらいが強く、噂話が非常に好きで、新聞を読む世帯は少なく、男尊女卑であるということがわかってきた。私に自分の仕事を引き継がないかと言ってくれたKさんですら、「婚期が遅れるから女は4年生の大学に行っちゃダメだ」などと、いつの時代かわからないような発言をしている。若い世代はそれほどではないのかもしれないが、中高年以上の世代では考え方が首都圏と著しく違っているのは間違いない。何しろKさんは自分の席でタバコを堂々と吸い、吸い殻が少したまると奥さんがいそいそと灰皿を洗ってKさんの席に戻すのだ。会長夫人にこんなことをさせても平社員のKさんは少しも恐縮しない。女が男に仕えるのはここでは当たり前なのだ。

しばらくするとKさんの後任候補が数人面接に来て、私より少し上の男性が採用になった。彼はKさんと違ってパソコンができるので、私の仕事はますます減るだろう。お茶も各人が好きな時に自分で入れるという合理的なシステムになれば、私はお役御免だ。業績の悪い本社を閉めて千葉支社を本社にするという話は何年も前からあり、会長はそうなったら従業員の仕事先は必ず世話すると言っていたが、その中に事務員は入っていないらしい。女は人間とすら思われていないのだろうか。ここもなるべく早く辞めて次の仕事を探したほうがいいのではないかと思うようになった。

奥さんは誰かがやった仕事をやり直すことが好きで、私が拭いた奥さんの机を必ず自分で拭き直した。「そこもう拭きましたよ」と言っても「ん~」と言って拭き続ける。私は汚れが残っていたのかと思って奥さんの机は念入りに、何度も角度を変えてチェックしながら拭くようにしたが、それでも自分で拭き直す。昼休みに奥さんが食事をしに家に帰ると、私はKさんにこれを話した。するとKさんは「あなただけじゃないんだよ。前の事務員さんも、その前の人も、みんなあなたと同じことを昼休みにグチってたよ。奥さんのやることをいちいち気にしてたらキリがないよ。普通の人じゃないんだから」と慰めてくれた。そしてこれまで事務員が頻繁に辞めたのは実はみんな奥さんが原因だとも言った。

しかし私はある朝、「私が拭いた机は汚れていましたか?」と奥さんに聞いてしまった。「ええ、そうね、ちょっとね」と言うので「私は奥さんの机だけは念入りに、何度も何度も時間をかけてふいているんですけど、それでも汚れていましたか?」と言うと奥さんはキレてしまい、「そんなに掃除がイヤなら明日からやらなくていい! 私がやります!」となった。私は掃除がイヤなどとは一言も言っていないのだが。

翌朝いつもの時間に出社すると、奥さんがすでに来ていて掃除の大半を終えていたようだった。しかし机を見ると消しゴムのカスが少し残っていたので、(ああ、ここはまだだな)と思ってぞうきんを手にすると、「そこはもうやりました!」と怒鳴られた。トイレをのぞくと、そこもやはり汚れが残っている。普段から自分でも「目が悪くてよく見えない」と言っていたが、本当に見えていないのだなと思った。これでよく人の掃除のやり直しができたものだ。

数分後、「辞めたければ辞めていいのよ」という言葉が奥さんの口から出た。私は迷うことなく「じゃあ、今日いっぱいで辞めさせていただきます」と言った。その会社で働いたのは1年7ヶ月だった。Kさんの話だと、1年以上続いたのは私のほかにもう一人いたが、その人にはKさんが面接の時に「1年以上いてください」と頼んでいたので、1年経った時に約束は果たしたと言って辞めたそうだ。

またハローワーク通いが始まった。

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